Monthly Archives: 7 月 2010

Dolphin

LAでの始めての誕生日は、ずっと行ってみたかったホエールウォッチングに連れて行ってもらいました。私が住んでいた南カリフォルニア一帯では、毎年冬の時期アラスカからメキシコまで回遊する旅の途中のクジラに会うことができて、冬の風物詩のようになっています。

 

私は、住んでいたエリアから一番近いダナポイントというハーバーから船に乗ったのですが、船に乗る前からお祭り騒ぎで「必ずクジラを見ようね」と同士のようにみんなで握手を交わしながら船に乗りました。クジラは運よく姿を現してくれたのですが、テレビで見るように至近距離で船が転覆しそうな波と水しぶきを浴びる予定だった私たち乗客は、意外と小さかったクジラに少しがっかりしながらも、風を受けながら見る美しい太平洋とカリフォルニアの海岸線、同じ船に乗った乗客みんなのあたたかさと一体感にとても優しいときを感じながら船を下りました。

 

海が大好きな私はカリフォルニアでも船に乗せてもらう機会がよくあって、その度に船の周りで遊ぶイルカがかわいくて印象的で、以前聞いたジャックマイヨールの話をいつも想い出していました。

 

映画「グランブルー」のモデルとしても有名なフリーダイバーの彼は、深くまで泳ぐことができないイルカたちに泳ぎ方を教えていたのだそうです。そしてイルカは一度泳ぎ方のコツをつかむと、あとは自然と自ら泳ぎ始めるのだそうです。

 

ジャックとイルカの関係は、人と人との関わりあいと重なります。きっとそれは一つ一つの命が他のいくつもの命と関わりあいながら、影響やきっかけを与えあって生きている象徴のような気がしてなりません。そしてその影響やきっかけを与えられたときはもう一人歩きをはじめるとき。さらに飛躍するとき。

 

人生の中でなにかのきっかけを得たとき、つい上手にやろうとかその通りにやろうと考えてしますが、決して難しいことではなく、きっかけを得たらあとはただそこから自分の方法や自分なりの道を見つけ出していけばいいだけなのだと思います。そしてそうして身につけた知識や学びを更に他の誰かが役立てていけるように自分もまた惜しみなく与えると、そこからきっかけを得た誰かが次の新しい世界を見つけていく。

 

きっとそれは自然と日常のなかでできる社会貢献。

この地球上でずっと行われてきたこと。

命の連鎖とはきっとそういうシンプルなことのような気がします。

 

「与えることは、受け取ることの始まりである」

 ジムローン

Berlin

イタリアで通訳をしていた頃、最も頻繁に出張で訪れた国がドイツでした。デュッセルドルフ、フランクフルト、ミュンヘン…そして私がドイツで最も行ってみたかった街の一つがベルリンでした。

 

ブランデンブルグ門やベルリン大聖堂といった美しく豪華な建造物だけでなく、ベルリンの壁に代表されるように数々の歴史の舞台となった街でもあります。ナチや第二次世界大戦後いくつもの国に分断されていた名残はこの街が辿った激動の歴史を事実として淡々と残します。そしてその重みは、ただひたすら全身に重くのしかかり言葉を失います。

教会のような観光地にはご年配の方々が多く、テロのトポグラフィー(ナチス時代のゲシュタポの本部)などの政治的観光地には若者が多かったのが印象的でした。

 

現代ベルリンの街は、アーティストが集まる芸術の街として、クラシックからジャーマンテクノまで音楽があふれる街として世界中に知られています。

 

私が感じたベルリンの印象は虚無感。

「なぜベルリンなのか」という質問をベルリンに滞在していた画家の友人に尋ねてみると「何かをとても埋めたくなる」「街の空虚感が何かを生み出したいと思わせる」という答えが返ってきました。

 

芸術家ミケランジェロや詩人ダンテなど多くの芸術や文化が急速に発展したルネサンスの時代もまたペストが流行し争いが絶えない時代でした。

行き場のない感情を作品に昇華させていく感覚は、ベルリンの芸術家へも通ずるように思います。そしてその感覚こそが、争いによって一度は破壊されたこの街をここまで成長させた原動力となっている気がしてなりません。

 

人々のエネルギーは街のエネルギーとなり、街が集まり国となり、たくさんの国が存在する地球全体のエネルギーとなります。

私たち一人ひとりのエネルギーが、地球全体を癒す原動力となっていけたら…

多くの生物が共存し数々の創造が生み出される美しい地球へと再生する近道となっていくような気がします。

Citta’ Alta

イタリアでよく仕事をさせていただいていた会社は、ミラノから車で1時間ほどベネチアの方向へ行ったベルガモという街の郊外にあって、海外からお客様が来たときには、この街へディナーによく訪れました。

 

中世ヨーロッパのようなベルガモの街は、チッタバッサ(Citta’ Bassa)と呼ばれる新市街とチッタアルタ(Citta’ Alta)と呼ばれる旧市街があります。イタリア語でAltaは高い、Bassaは低いという意味で、その名のとおりチッタアルタは城壁に囲まれた丘の上にあります。

細い歩道を抜けた丘の一番上には広いテラスのレストランがあり、夕暮れから夜になる頃のそこからの景色はまるで絵画のようです。

 

そのベルガモの街と同じ名前のイタリアンレストランが、私の東京の家のすぐ側に昨年オープンしました。驚くことにそのレストランのサーバーは、偶然にもミラノでの私の友人の一人で、シェフも同時期に私がよく行っていたチッタアルタにあるレストランで修行をされていたそうです。

 

一万キロ近く離れたこの二つの街を通して起きた奇跡のような偶然は、私たちはみんな同じ一つの地球に存在すること、そして物理的に離れていても、イタリアにいた頃と変わらない話題と懐かしい味を堪能することが出来る幸せを改めて感じさせてくれました。

 

カウンターのみの落ち着いたこのお店は、シェフの素材や料理へのこだわりと愛情を感じられます。たくさんのレストランが点在し世界中の料理が楽しめる東京の街でも、繊細さや独創性、シェフの料理への想いが込められたあたたかなメニューを味わえるお店はそう多くないような気がします。

 

料理は、目や舌で楽しむだけでなく、心でも味わうものなのだと穏やかに優しく伝えてくれる素敵な名店です。

株式会社エストレリータホームページへ